過敏性腸症候群とは
過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome:IBS)は、お腹の痛みや調子がわるく、それと関連して便秘や下痢などのお通じの異常(排便回数や便の形の異常)が数ヵ月以上続く状態のときに最も考えられる病気です。主として大腸の運動、知覚、分泌機能の異常で起きます。腸管自体には通常の臨床検査にて検出できる炎症や潰瘍などの器質的疾患は確認できません。命に関わる病気ではありませんが、お腹の痛み、便秘・下痢、不安などの症状のために日常生活に支障をきたすことが少なくありません。
過敏性腸症候群のおもな特徴
おもな特徴としては
排便により改善する腹痛と便通異常(下痢・便秘)
- 慢性的に( 1カ月以上)症状が持続。
- 症状を説明できる腹部の病気がない。
- ストレスが影響する
- 重症になると、QOLが低下する
というものです。
要は便秘や下痢が1ヶ月以上続いているが、検査をしても明らかな異常が見られない
お腹が痛くて困っている、仕事や勉強に支障が出ている
という時に…
過敏性腸症候群を疑います
疫 学
- 日本での有病率は人口の14.2%(7人に1人)
- 世界的に見れば10ー12%
- 内科外来患者に高頻度に見られますが、全症例に医学的な治療が必ずしも必要なわけではありません。
- 20-40歳代に好発し、加齢とともに低下する傾向があります。
- 最近では、受験などのストレスの影響か小・中学生にも増えている
*男性は下痢型が多く、女性は便秘型が多い
*加齢とともに減少する傾向があります
日本人のIBSの有症率
日本における子供のIBSの有病率
小学生 | 1.4% |
---|---|
中学1〜2年生 | 2.5% |
中学3年生〜高校1年生 | 5.7% |
高校2〜3年生 | 9.2% |
成長とともに成人の比率に近づくといわれている
IBSの原因
ストレス説
ストレスが原因で消化管の運動機能が障害されて、下痢・便秘が生じるという説。このストレスを伝える信号がセロトニンであり、“脳腸相関”が関係していると言われています。
内臓知覚過敏説
腸管にわずかな刺激が加わっても、それを敏感に「痛み」と感じてしまうとする説。刺激を感知する脳の方が過敏になっているとも考えられています。
食物アレルギー説
食物アレルギーが基盤にあるために簡単に下痢をするという説。実際にアレルギー除去食や抗アレルギー薬がIBS治療に有効だったとの報告もあります。
腸管炎症説
腸管に軽度の炎症があることが原因とする説。
感染性腸炎後にはIBSを発症する確率は6―7倍に増加すると言われており、少なくとも2―3年は発症のリスクが高く、IBS全体に占めるPI―IBSの割合は5―25%と推定されます。
IBSの質問票
IBSが心配な方は、この質問票を参考にしてください
診断
器質的疾患を癌と炎症性腸疾患を中心に除外する。
一次検査
かかりつけ医、または近所の医療機関にて施行
- 問診
症状の内容(どんな便が出る、痛みの有無、等)
出現時期
悪化の誘因(ストレスの有無)など - 一般臨床検査(vital sign、触診、採血、等)
- 便潜血検査
便潜血陽性・貧血があれば腸管出血/がん、発熱があれば炎症性腸疾患を鑑別する必要あり。
炎症性腸疾患の場合、排便では腹痛が改善しないことが、過敏性腸症候群との鑑別のポイントとなる
二次検査
より詳しい検査が必要と判断された場合、消化器の専門医によって施行
- 直腸指診
- 大腸内視鏡検査
- 注腸X線検査(あまり行われない)
IBSのRomeⅣ診断基準
最近3ヶ月間、月に4日以上腹痛が繰り返し起こり、次の項目の2つ以上があること。
- 排便と症状が関連する
- 排便頻度の変化を伴う
- 便性状の変化を伴う
期間としては6ヶ月以上前から症状があり、最近3ヶ月間は上記基準をみたすこと
IBSの分類(RomeⅣ)
1.便秘型IBS(IBS-C) | 硬便・兎糞状便が25%以上、軟便・水様便が25%未満 |
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2.下痢型IBS(IBS-D) | 軟便・水様便が25%以上、硬便・兎糞状便が25%未満 |
3.混合型IBS(IBS-M) | 硬便・兎糞状便も、軟便・水様便も25%以上 |
4.分類不能型IBS | IBS-C,D,Mのいずれも満たさないもの |
- 患者数は、多い順に、交替型、便秘型、下痢型。
- 下痢型は男性、便秘型は女性に多い。
- 便秘型もつらいけれども、下痢型はもっとつらい。
→医療機関の受診率は、便秘型は約1/3、下痢型は半数以上。
下痢型IBSについて
突如として起こる腹痛を伴う下痢が特徴
突然おそってくる便意が心配で、通勤や通学、外出が困難になることがあります。
その不安がストレスになり、さらに病状を悪化させる。
30代以下の若い年齢層に多くみられる傾向があり、男性に多く見られる傾向があります。
下痢型IBSと単純な下痢との大きな相違点
- おもな原因がストレスであること
- 「腹痛」「おなかの張り」「おなかが鳴る」「おなかが何か気持ち悪い」などの腹部症状を伴うこと
- 排便によってお腹の症状が軽減すること
便秘型IBSについて
- 腸管が痙攣を起こして便が停滞し、水分を奪われた便はウサギの糞のようにコロコロになり、排便が困難になります
一般的な慢性の便秘と便秘型IBSには重なる症状も多く、はっきりと区別することが難しい
一般的な便秘が高齢になるほど増加するのに対し、IBSは30代以下の若い年齢層(特に女性)に多くみられる傾向があります
混合型IBSについて
便秘と下痢の両方が高頻度に生じるタイプ。
「3~4日お通じがなく、その後、最初に硬い便が出て、1日に数回下痢になる」といった症状が多く見られます。
便秘型IBSと同様に、混合型IBSも若い年齢層に多いとされているが、60代以上でも見られます
IBSの治療
まず、食習慣と生活習慣の改善から行う
食習慣と生活習慣の改善
1. 食事に気をつける
暴飲暴食を避ける
炭水化物・脂質の多い食事、香辛料、アルコール、カフェインを含んだ飲料、乳製品により悪化する可能性があり、「これを食べると痛くなる」と自覚している場合、それを避けます。
タバコは過敏性腸症候群の症状を悪化させることがあります。
2. 規則正しい生活を
規則正しい生活、十分な睡眠を推奨
社会的ストレスが発症・増悪因子となるため、ストレスを貯めないことが肝要
薬物療法
IBSの薬物療法として、腸管の内容物を調整する薬物や腸管の機能を調節する薬物が用いられます。
下記の薬剤がよく用いられ、これらを組み合わせて使います。
- ポリフル・コロネル
- セレキノン
- イリボー
- トランコロン
- ロペミン
- ガスモチン
- 酸化マグネシウム・モビコール
- リンゼス・アミティーザ・グーフィス
①ポリフル・コロネル(高分子重合体)
大量の水分を吸収してゲル化することで、便は適度の水分を含み便の容積も増します。(紙おむつのイメージ)
安全性も高く、便秘型にも下痢型に対しても基本的な治療薬と位置づけられています
腹部膨満感・腹痛などの症状が見られることがあります
②セレキノン
減弱した腸管には蠕動を活発化させ、逆に亢進した蠕動を抑制する効果があります
便秘型、下痢型、交代型にも効果があると言われています
低用量では消化管運動を促進、高容量だと抑制的に働くと言われてい突発的な痛みの予防には効果があり、副作用はほとんどみられません。
③イリボー(セロトニン受容体(5-HT3受容体)拮抗薬)
腸管蠕動運動の活発化や腸管水分輸送異常の改善を促し、下痢を抑制し、便形状や便意切迫感を改善させます。
腹痛や腹部不快感など内臓知覚過敏を改善する効果もあります
下痢型の特効薬
④トランコロン
腸管運動の活発化を抑制し、腹痛が強い症例に向いている
便秘型には不向き
副作用として便秘、排尿障害、視調節障害、眼圧上昇、口渇、眠気、めまい、心悸亢進などが見られ、前立腺肥大や眼圧の高い緑内障の方には禁忌
⑤ロペミン
ロペミン以外の止痢剤はIBSに対しては勧められていない
旅行やイベント時の際の頓用としては向いている
⑥ガスモチン(5ーHT4受容体刺激薬)
日本で唯一使用できる5ーHT4受容体刺激薬。
便秘型に対し効果があるとされガイドラインでも推奨されているが
IBSに対して保険適用がありません。
⑦下剤
現在は多種の下剤が処方されているが、長期使用を考えると刺激性下剤は勧められていません。
浸透圧性下剤がエビデンスが豊富で、日本では酸化マグネシウムが主流、海外で主流のポリエチレングリコールですが、最近はPEG製剤のモビコールが日本でも使えるようになりました。
⑧アミティーザ、リンゼス、グーフィス(粘膜上皮機能変容薬)
腸管内への腸液の分泌を上げ、便を柔軟化し、腸管内輸送を高め排便を促進します。海外でも便秘型に有効と報告され、ガイドラインでも推奨されている
リンゼスは元々IBSーCの特効薬として販売され、お腹の張りを強く訴える場合は効く場合がある
最初の治療が効かないとき
- 再度器質的疾患の検討
- 併用薬の検討
- 生活指導、食事療法
- メンタル的治療薬の検討
漢方薬の併用
- 腹痛の改善には桂枝加芍薬湯
- 便秘型に対し大建中湯、桂枝加芍薬大黄湯
抗うつ薬・抗不安薬の併用
- 三環系抗うつ薬とSSRIが有効な時があり、通常より少ない量で効果がみられることが多い。
他の系統の抗うつ薬はエビデンスなし。 - 不安が強い場合はベンゾジアゼピン系抗不安薬を用いることもあるが、依存性の問題があり長期間の使用は慎重に行う。
非ベンゾジアゼピン系のセディールが効くことがある。
食事の検討
アレルギー除去食、低FODMAP食
低FODMAP療法
FODMAPとは
Fermentable(発酵性) Oligosaccharides(オリゴ糖)Disaccharides(二糖類)Monosaccharides(単糖類)and Polyols(ポリオール)の略称で、これらの糖類は小腸内で消化・吸収されにくいため、そのまま大腸に流入し、腸内で異常発酵が促進されます。
その結果、過剰の水素ガス産生を起こし、お腹の張りや便秘の原因となります。また、浸透圧により腸管内腔への水分貯留が亢進し、小腸が刺激されることで過度な蠕動が起き、下痢の原因となります。
低FODMAP食とは、このFODMAPを多く含んだ食品を制限する食事法です。オーストラリアで始まったこの食事法がIBS患者に対しては有用であると欧米では注目されています。
下に挙げた食品の多くは、多くの人にとって「おなかに良いもの」と認識されているものです。これらの食品を避けるよう指導すると驚かれる方が多い印象です。しかしながら、科学的に効果が証明されており、ある程度の効果は見込めるものですが、徹底するのはなかなか難しく、私としては”できる範囲で行う”ことが大事と考えています。従来の治療が有効ではなかったり、根本的な治療薬のない「従来のガス型」や「おなかが張って苦しい」方は試す価値があると考えられます。
<発酵性オリゴ糖が多い食品>
小麦粉・大麦・ライ麦・パスタ・らっきょう・たまねぎ・大豆・ひよこ豆・レンズ豆・ニンニク・アスパラガス など
<二糖類が多い食品>
牛乳・豆乳・ヨーグルト・アイスクリーム・チーズ など
<単糖類が多い食品>
りんご・スイカ・マンゴー・はちみつ など
<ポリオールが多い食品>
干し柿・乾燥昆布・ソルビトール・キシリトール など
IBSの経過での注意
- 経過に波があり、改善後に再燃することはよくあります
- 加齢により軽快する可能性高い(そのうちに良くなることが多い)
- 胃痛・胃もたれ(機能性ディスペプシア)、胸やけ・呑酸(胃食道逆流症)が合併する人は2倍以上多い
➡IBS+FD+GERDはよくある、脳腸相関が関係 - うつ状態や不安が高い確率で合併
- IBSから潰瘍性大腸炎やクローン病となる確率も高いため、血便、体重減少など見られれば検査が必要
脳腸相関
(図:Web医事新報 No.4793 p.44 消化管疾患に対する心身医学的アプローチ 過敏性腸症候群の病態生理 富永和作 他より)
IBSのまとめ
『検査で異常がない』≠『病気ではない』
検査で異常が見つからないからといって、病気ではないということではありません。
医師側・患者側の双方が「心の問題」「気のせい」と決めつけず、非薬物療法のアプローチを行うと同時に内服治療による症状の改善を試みることが重要です。
症状には個人差があるため、同じ型の患者さん同士でも処方の内容が異なることがあります。患者Aさんに有効な処方内容が患者Bさんにも有効とは限りません。
一度IBSと診断されても、症状の変化によっては再検査が必要になることがあります。気になることがあれば医師に相談しましょう。
“いつかは治る”、“致死的な病気ではない”、“症状には波がある”ことをよく理解し、病状の変化に一喜一憂せず、医師と相談しながら、ゆっくり気長に治していきましょう